東京高等裁判所 平成11年(ネ)740号 判決 1999年6月28日
控訴人(本訴被告(反訴原告)) Y
被控訴人(本訴原告(反訴被告)) X
右訴訟代理人弁護士 渡部公夫
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 控訴人
1 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2 被控訴人は、控訴人に対し、金二〇万円及びこれに対する平成八年一〇月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文同旨
第二事案の概要等
一 本件控訴は、被控訴人が控訴人に対し土地賃貸借契約の更新に伴う更新料の支払を求める本訴を、控訴人が被控訴人に対し右更新料名下に支払った金員につき不当利得として返還を求める反訴をそれぞれ提起したところ、原判決が本訴、反訴とも請求を棄却したのに対し、控訴人が原判決中控訴人敗訴部分につきこれを不服として提起したものであり、よって当審における審理の対象は、右反訴請求の当否である。
二 本件事案の概要は、次のとおり補正するほかは、原判決第二(三頁二行目から一二頁二行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。
1 原判決一一頁七行目の次に行を改めて次のように加える。
「(六) 被控訴人の後記主張(三)は争う。控訴人が被控訴人に支払った二〇万円は、右の経過にかんがみ、更新料支払義務の有無が確定するまでの間の預け金であり、判決により右支払義務が否定された以上、被控訴人が右二〇万円の返還義務を負うのは当然である。」
2 原判決一一頁末行の「被告が二〇万円の」を「被控訴人と控訴人の更新料の額を巡っての折衝の過程において、控訴人が更新料の相当額として自ら主張する二〇万円を任意に支払ったものであるから、更新料につき合意が成立しなかったからといって控訴人がその」に改める。
三 なお、控訴人は、「原判決は訴訟費用を本訴反訴を通じて二分し、その一を控訴人の負担としているが、本訴の訴訟物が一二〇二万八八〇〇円であるのに対し反訴のそれは二〇万円であるから、民事訴訟法六四条の解釈を誤ったものである。」旨主張する。
第三当裁判所の判断
一 <証拠省略>によれば、次の事実を認めることができる。
被控訴人から本件土地の管理を委託されていた有限会社aコーポレーションのAは、本件賃貸借契約が平成七年五月末日をもって期間満了となることから、同年三月、控訴人において本件賃貸借契約の継続を希望する場合には更新条件について相談したい旨の通知をし、同年五月九日、控訴人とAとで協議が行われた。その際、本件賃貸借契約を更新することについては、双方に異存がなく、更新に当たっての更新料について協議が行われ、Aは、本件更新特約に基づき、平成六年度の路線価を参考にし、借地権価格の五パーセントとして算出した一二〇〇万余円の更新料を提示した(ただし、この金額に固執する趣旨ではなく、一つの提案として提示したものである。)のに対し、控訴人は更新料として地代の一か月分程度を考えているとして、合意に至らず、協議を継続することとなった。その後、控訴人は、同年五月二九日付けで被控訴人に対し、本件賃貸借契約を更新したい旨の借地契約更新請求書を送付し、一方、被控訴人は、前記Aにおいて本件更新特約の解釈について公証人に意見を聞くなどした上、適正な更新料額を決めるため、そのころ東京簡易裁判所に調停の申立てをしたが、その係属中の同年七月七日、控訴人は、更新料として二〇万円(当時の賃料のほぼ一月分に当たる金額)を一方的に被控訴人口座に振込送金し、被控訴人は、調停申立中であることから、これを更新料の内金として受領する旨の領収書を控訴人に交付した。これに対し、控訴人は、同月一〇日付けの被控訴人宛通知書で、右二〇万円は更新料の全額であることを通知する一方、同月一三日には、調停に応ずる意思が全くない旨の上申書を東京簡易裁判所調停委員会宛に提出し、右調停は不調に終わった。なお、右二〇万円の送金に際し、更新料についての合意が成立しない場合には返還を求めるなどの留保の表明はなかった。
ところで、本件更新特約は、「本契約期間満了のとき賃借人において更新契約を希望するときは賃貸地の時価の二割の範囲内の更新料を賃貸人に支払い更新契約をなすべきことを当事者間において予約した」というものであるが、この特約によって本件賃貸借契約の更新に伴い当然に一定の額の更新料請求権が発生すると認められるかどうかはともかくとして、右特約の趣旨に照らせば、賃借人たる控訴人において本件賃貸借契約の更新を希望する以上は、少なくとも、更新料についての当事者間の合意の成立に向けて真摯な協議を尽くすべき信義則上の義務があると解すべきである。しかるところ、右認定の事実によれば、控訴人は、更新料として賃料の一か月分くらいという考え方に固執して譲らない態度に終始したのであるが、賃料の一か月分という額は、右特約の存在を前提とした場合に、建物所有を目的とする土地賃貸借契約更新の場合の更新料として、一般的に、賃貸人が納得することを期待することができるものとはほど遠いものというほかないことに照らせば、控訴人は、右信義則上の義務を果たしたものと評価することはできない。そして、控訴人は、右二〇万円を更新料の全額の趣旨で被控訴人に送金したのであるが、この金額は、賃料の一か月分にほぼ近い金額として、本件賃貸借契約が更新される以上控訴人が被控訴人に対して支払ってしかるべき金額であると控訴人自ら判断したものである上、右送金に当たり、更新料につき合意が成立しない場合には返還を求めるなどの留保は何ら明示されていないのであり、そして、このことと右認定の経過に照らせば、被控訴人がこれを更新料の一部として受領したことは、首肯し得るところである。
右のような事情に照らせば、結果として本件賃貸借契約が更新されている以上、右特約に基づく被控訴人の控訴人に対する更新料請求権が肯定されなかったからといって、右金員の返還を請求することは、信義則上許されないものと解するのが相当である。
よって、本件反訴請求は、理由がない。
二 なお、控訴人は原判決が訴訟費用の負担につき本訴、反訴を通じてこれを二分し、その一を控訴人の負担としたことを不当と主張する。しかしながら、本件本訴については控訴がされていないのであるから、訴訟費用の裁判に対して独立して控訴することができないとする民事訴訟法二八二条の趣旨に照らし、本訴請求に係る訴訟費用の裁判についての不服を当審において主張することはできないと解すべきである。
三 以上の次第であるから、本件反訴請求は理由がないから棄却すべきものであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は棄却を免れない。よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 濱崎恭生 裁判官 田中信義 松並重雄)